パズル&ドラゴンズ
契約龍の過去【滅雷龍】
故郷を滅ぼした幻魔を討ち、たったひとりの家族であるガディウスを護りたいと願ったティフォンにより、滅雷龍・ドルヴァは封印の鎖から解き放たれた。
ティフォンと契約を交わし、互いの魂に触れた瞬間。
ドルヴァがわずかに懐かしんだ理由を、ティフォンはまだ知らない。
契約龍の過去【浄雷龍】
兄であるティフォンに憧れを抱き、兄を超えるための力を欲したガディウスは浄雷龍・セディンの力を奪おうとした。
そしてセディンもまた、ガディウスの燃えるような魂を喰らおうとした。
互いが欲しいものを奪い取るために交わした契約は、徐々に魂の形を歪ませていく。
契約龍の過去【煌兎龍】
かつて大切な友を護るために煌兎龍・フラグレムと契約を交わした少女がいた。
それはフラグレムだけが覚えている、橙龍契士・サリアの前世。
今度こそその願いは果たされるのだろうかと、フラグレムは未来を予想する。
契約龍の過去【溟鮫龍】
かつて溟鮫龍・トアはひとりの少女と契約を交わしていた。
しかし少女の願いは果たされる事なく、契約は娘であるリューネへと引き継がれる。
生まれながらの龍契士として与えられた「還爪の力」を、リューネがどんな願いをもって使うのか。
トアはそれのみに関心を示していた。
契約龍の過去【嵐鷹龍】
生まれる前の今にも消えそうな魂の前に現れた嵐鷹龍・クァージェは、生きとし生ける生命が皆持っている“生きたい”という願いを利用してシルヴィと契約を交わした。
何故クァージェはシルヴィを選んだのか。
その裏には、退屈凌ぎの玩具を求める風龍王の影があった。
転界龍の過去【緋空司】
護ろうとした全てを失い、苦しみ荒ぶる龍神となってしまったひとつの魂。
彼を救ったのは、かつて失った筈の緋龍喚士・ツバキだった。
荒ぶる龍神は彼女によって鎮められ緋空司となり、ツバキと共に転界の緋空を守護する。
己の名を喚ぶ存在を、もう二度と失いはしないと心に決めて。
転界龍の過去【藍海司】
藍海を守護する龍神、藍海司・ワダツミ=ドラゴンは、かつて嵐を鎮めるために海底へ降りたツバキを再び緋空へと解放った。
それは彼が我が子のように育てた藍龍喚士・スミレが初めて己の名を喚び望んだ再会への手助け。
定められた運命を覆してみせた天真爛漫なスミレに呆れながらも、友人のために力を尽せる彼女をワダツミ=ドラゴンは誇りに思っている。
転界龍の過去【碧地司】
龍神に寄り添うツバキのように、運命を覆したスミレのように。
いつか自分も師の名を喚びたいと修練に励む碧龍喚士・カエデのことを、碧地司・ヤマツミ=ドラゴンは大切に慈しみ見守っていた。
けれどヤマツミ=ドラゴンは、彼女が自身を召喚しなくてはいけないような事態など起こらなければいいとも思っている。
碧地を守護するヤマツミ=ドラゴンが本当に望んでいるのは、己を護る龍喚士の力ではなく、弟子であるカエデと過ごす平穏な時間だった。
6月の夢
「友人を救うためと言ってイルムに唆された愚か者を止めてほしい」
ガイノウトとの約束を果たす為、ガディウスは協力をかって出た悪友と共に純白の衣装を纏って教会へと乗り込んだ。
髪をおろし、美しく着飾った悪友が周囲を引き付ける中、ガディウスは標的であるサリアを担いで豪快な逃亡劇を繰り広げる。
「礼を言う。が、もっと丁寧に扱え!」
サリアの育ての親であるガイノウトは自身の叫び声で夢から覚めた。
真夏の休暇
久方ぶりに聖域の守護から解放されたミルは、とある誘いを受けて砂浜へと足を運んだ。
そこで待っていたのは、浮き輪を抱えた龍騎神の秘蔵っ子、ナビィ。
「聖域や龍神の守護も今日はお休み。たまには羽目を外して遊ぼうよ!」
渡された水鉄砲を構え、ミルは夏空の海辺で狙撃手となる。
(今日くらいは、使命を忘れて夏を満喫するのも悪くない)
いつか過ごすかもしれない聖夜
ソノ肉ヨコセ!
ふっざけんじゃねぇコレはオレのだ!
もー暴れないでよ危ないなぁ。
わーいプレゼント!
よかったなリィ。
くっ、料理の腕を上げたなガランダスめ……!
魔導書から飛び出す楽しげな絵は、どこかの誰かが、いつか過ごすかもしれない聖夜の一幕を映し出したもの。
そんな本達に囲まれて、イルミナは生まれて初めての「クリスマス会」を体験する。
「クリスマスはみんな仲良く美味しいお料理を食べたり、素敵な贈り物をするんですよ!」
そう教えてくれたのは、お揃いの真っ赤な衣装に身を包み“お忍び”と称して書庫へやってきた友人。
「メリークリスマスですイルミナちゃん!」
「……メリー、クリスマス」
満面の笑みを浮かべるロミアを前に彼女は少しだけ頬を赤く染めて、渡されたプレゼントをきゅっと抱きしめた。
おつかい
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龍王からの頼みを受け、スオウは稀代の細工師とうたわれるチュアンの創玉殿に足を運んだ。
彼が依頼したのは、龍王の力を宿した“龍玉”の制作。
チュアンはにやりと笑みを浮かべて承諾する。
「ただし、龍玉の元になる龍王達の力や必要な材料はそっちで集めてもらわにゃね」
彼女の条件にスオウは二つ返事で了承した。
夜の飲み会
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美しく空に浮かぶ満月を肴に、スオウは自慢の大盃を傾けていた。
そんな彼の隣にヴァレリアとチュアンが腰を下ろす。
「彼女から聞いたぞスオウ、龍王から届け物を頼まれたらしいな。しかもその品、チュアンに創らせたんだって?」
「あぁ、奴等の大事な子等に贈り物だとさ。最初は面倒だと渋ったんだが、秘蔵の酒を出されちゃ断れねぇよなぁ」
にやりと口角を上げる彼に、ヴァレリアはお前らしいと笑みを浮かべる。
そんな二人をよそに、チュアンは早々に自前の盃を突き出した。
「ムフフ、龍王の秘酒なんて滅多にありつけないからねぇ。仕事の報酬にゃぴったりだ。ほらスー、早く注ぎなよ」
「へいよ」
スオウは彼女の盃になみなみと注ぎ、ついでにヴァレリアの分も手渡しながら世間話を続けていく。
「そういや、ヴァレリアの所も厄介なことになってるらしいじゃねぇか」
「ムフ、教え子が多いとお世話が大変だねぇ」
「そんなことはないぞ? 皆、私の可愛い弟子達だ。だからこそ、できるなら彼女達が争うような事態は避けたいと思ってしまうな。私もまだまだ甘い」
「なーにを今更。ヴァーレは昔っから飴ちゃんよりも甘々だったじゃないか」
空いた杯に次の酒を注ぎながら突っ込む彼女に、ヴァレリアはそうだったかと笑みをこぼす。
「まぁなってしまったものは仕方がないから、あの子達の頭に拳骨でも飛ばしてくるさ」
「そりゃあ良い、せいぜい泣かせてやんな」
「ムフ、拳骨で足りなけりゃワガハイがハンマーでもこさえてやるよ。叩くと音がするヤツでさ」
静かな夜に軽快な笑い声が響く。
三人は美味い酒を堪能しながら、これから会いに行く者達へ思いを馳せていた。
翌日早朝。
「スオウ! このバカ! 放っておいたらすぐベロンベロンになりやがって!!」
「あーあー、ウチの教官も一体どんだけ呑んだのかねぇ……」
そろって潰れた二人に、文句を言いながら回収する少年少女の姿が目撃されたとか、されなかったとか。
「ムフフ、二人ともまだまだだねぇ」
オトモダチ
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ほの暗く静かな空間で、ディステルは静かに書物を読みながら考え事にふけっていた。
多少の邪魔は入ったものの必要なものは手に入り、龍覚印も天城に集まりつつある。
もうすぐ彼を継界へと帰還させることができる。
ディステルはそっと胸の上で揺れるペンダントに触れた。
「……貴様とて、本当はもう一度彼に会いたいと思っているくせに」
「なぁんのこと?」
無意識のうちに呟かれた言葉に、あるはずのない返答が返ってくる。
それは脳裏に描いていた、貧弱で情けない眼鏡顔の声ではなかった。
「何をしに来た、ロシェ」
考え事を邪魔され、冷ややかな声を浴びせる。
しかし彼女はお気に入りのドリンク(チョコミントの様な味らしい)を手に、クスクスと笑い声を響かせる。
「クフフ、お散歩してたらディスがボケっとしていたから声をかけてあげたのよ。ひとりぼっちは寂しいものねぇ。アタシが構ってあげなくちゃと思って」
「余計な世話だ」
「それで? さっきのは誰に向かっての言葉なの?」
「人の話を聞……貴様には無理か」
一度ノリだしたら止まらない性質にため息を吐くと、ディステルは無視することを決めて開きっぱなしの書物に目を向ける。
「クフ、フフフフ! さっき独り言をつぶやいていたアンタね、とっても切なくて気味が悪い顔をしてたのよ」
ひどい言われ様だが知らぬふり。
そんな彼に構わず、ロシェはおかしそうに笑みを深めた。
「クフ、クフフ。誤魔化したってダメよ。だってアタシは知っているもの。アナタのその顔はね……オトモダチのことを考えているときの顔でしょう」
ピクリ。
“友達”という単語でわずかに反応を見せたディステルに、彼女は歓喜の表情を見せて両手を大きく振り上げる。
バシャリと手にしていた飲み物が音を立てて零れ落ちた。
「わかる、わかるわディス! アタシには貴方の気持ちがよぉく理解できる! さぞ気持ちが悪くて苛々して吐き気がするでしょう!? ああ、ディスも一緒なのね」
「……私が貴様と一緒だと」
氷のように冷たい瞳がロシェを貫く。
けれど彼女は凍えることなく、袖に隠れた手でディステルの頬に触れる。
「だってアタシもオトモダチのことを考える時、同じ顔をしているもの。アタシを一番に選ばなかった、可愛くて憎らしいあの子のことを考えるとね」
そう言って、ロシェは狂ったように笑い声をあげた。
「……勝手にそう思っているがいい。そしてロシェ」
「なぁに?」
「貴様が盛大に零した飲料、全て私の服に飛び散っているのだが?」
「……あ」
ほの暗い静かな部屋に、ぽたぽたと雫が滴り落ちていた。
閑話【愚痴会?】
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満月が綺麗な夜のひと時。
互いに腐れ縁を主張するスオウとヴァレリアが酒盛りをしている間、いつも彼等の側についている者達は美味しいご飯に舌鼓をうちながら、それぞれ普段は言えない(本人に言っても効果がない)愚痴を言い合っていた。
「スオウの奴またオレ達の目を盗んで酒飲みに行きやがって! 旅の費用だって馬鹿になんねぇんだぞあの飲んだくれ野郎!」
ドン! と机にグラスを勢いよく叩きつけるアルファに、オメガがびくびくと肩を震わせる。
(ちなみに中身は果実を使って作られたジュースである)
「ア、アルファ、落ち着いて……」
「うるせぇ! 大体お前がなんでも間でもうんうん頷くからあのバカが調子に乗るんだ!」
「う、うぅ……。だってスオウ様が欲しいって言うから。お、お役に立ちたくて……」
「だからってオレが寝てる間に、財布の中身全部酒に変えてんじゃねぇぇ!」
やけ酒ならぬやけジュースのごとくがぶがぶとグラスの中身を飲み干すアルファ。
そんな彼に苦笑しながら空いたグラスに追加を注ぐのは、龍喚士としてヴァレリアから教えを受けているヴィゴだ。
「スオウ殿のお世話、大変そうだなアルファ君」
「でもオメガちゃんに当たっちゃダメでしょ。女の子は大事にしなさいよね」
泣きそうな彼女をあやしながら、ウィゴと同じ師を持つミラがアルファを注意する。
どこか天然気のある直属部隊隊長の姉と違いしっかりした性格で、小さなオメガを傍で庇っていた。
「アンタらの所は良いよな、ヴァレリアさん美人だし、ボンクラじゃないし」
「いやぁ、そーんなことないからね」
羨まし気なアルファの言葉を否定したのは、ヴィゴ達と同じ弟子のリエトだった。
「確かにウチの教官は美人だけど、そーとー気まぐれで無茶苦茶な人だよ。なぁヴィー」
「ハハッそうだな。前も修行だって言われて、魔物の巣に武器なしで放りこまれた時は死を覚悟したっけ。まぁ良い経験だったよ」
「でも師としては尊敬すべきお方よ。武器の手入れやご自分の怪我には疎くて、家事スキルも皆無だけど。それでも戦場で剣を振るう教官は誰よりもカッコいいんだから!」
「いやそれフォローになってなくねぇ?」
聞いてみればお互いそう大差はなく、怒りが萎えていったアルファは小さいため息をつく。
そんな彼に、リエトは苦笑しながらポンポンと頭をたたいてやった。
「でも、そんな相手から離れようとは思わないんだから、どうしようもないよね」
「……うるせぇ」
悪態を吐くけれど否定はしない。そんなアルファに、オメガはくすりと微笑む。
手のかかる者ほど放っておけないとはよく言ったものだ。
そんなことを考えながら、彼等はそれぞれが仕える大人達を思い浮かべた。
その翌日、酔い潰れたスオウとヴァレリアの後始末に駆り出され、やっぱり放っておいたほうが良いんじゃないかと思う少年少女の姿があったとか、なかったとか。
閑話【あの頃の仮装祭】
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遠い昔。まだドラゴンフォレストの館が、温かな家族の笑顔で溢れていた頃。
マイネはお世話になっているイデアル達を楽しませようと準備を進めていた。
「イデアル様達をびっくりさせるのです! いっぱいガオーしましょう!」
大きな着ぐるみを被り、手作りのお菓子をバスケットに詰めながら、大好きな人の笑顔を思い浮かべる。
(いっぱい楽しくして、みなさまを笑顔にするのです!)
……けれど。
『オ菓子ダ、オ菓子! 早ク食ベタイヨ!』
『遊びたーい! イデアルさまとヴァンドさま何処かなー?』
『へへっ、オイラがあの坊主にお菓子を渡してやるんだ!』
「わわ!? みんなダメなのです、待ってください~!?」
マイネの準備が終わるのを待てず、いたずら好きのドラゴン達はお菓子を手に飛び出してしまった。
急いで追いかけなければ、せっかく内緒で準備した仮装祭がイデアル達にバレてしまう。
「絶対に捕まえてみせますです!」
マイネは決意を胸に、ドラゴン達を追いかけようと一歩踏み出した。
……動き辛い着ぐるみを着たままで。
「は、はわわわっ!?」
しばらく経った頃。
「ねぇマイネ、チビ達が僕らの所にお菓子を持ってきたんだけど……マイネ?」
「あらあら……」
ニコニコ笑顔のドラゴン達を抱えたイデアルと白いフードの子どもが部屋を覗くと、着ぐるみ姿のマイネが床でぐるぐる目を回しながら倒れていたのだった。
閑話【いつか過ごすかもしれない聖夜Ⅱ】
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全テヲ鍋ニ……。
クフフッ。ディス、そのキノコとっても美味しいわよぉ?
……私は一体何をしているのだろうか。
今日は~楽しい~クリスマス~ってな。サンタの爺さん早く来ねぇかなー。
スオウお前、子どもの姿になってまでプレゼント貰おうとしてんじゃねぇ!
えへへ……サンタさんからのプレゼント、楽しみだなぁ。
よーし今日は無礼講だぞぉぉ!!
わわ、教官少し落ち着いてください……!
まったく、これだからウチの教官は……あいてっ。
まぁ良いじゃないか、今日くらいは。
どこかの誰かが過ごしているかもしれない聖夜の一幕を映し出す魔導書。
賑やかな本達に囲まれながら、イルミナとロミアは互いに贈り物を手渡した。
ロミアからは、お揃いの手袋と手製のぬいぐるみを。
イルミナからは、持ち主が思い描いた絵が飛び出す魔導書を。
「ありがとうイルミナちゃん! ずっとずっと大事にします」
「私も……ありがとう」
嬉しそうに笑うロミアを前に、イルミナは手袋に包まれた両手でそっと頬を包み込む。
「……あたたかい」
その時彼女が見せた表情を、ロミアはずっと忘れない。
二人の幸福に満ちた時間を、聖夜限りの厳ついサンタクロース達が微笑ましげに見守っていた。
閑話【トリック&トリート!】
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「いいかお前ら。イタズラか菓子か……なんて相手に選ばせるような甘っちょろさは捨てちまえ。せっかくの祭りなんだ、めいっぱい楽しまねぇと損だぜ」
「は、はい! スオウ様!」
「いい返事だオメガ。それじゃあさっそく教えたセリフ言ってみるか。せーのっトリック&トリートォォ痛ぇ!」
「勝手にセリフ改変してんじゃねぇよ馬鹿スオウ!」
べしんっ!
小気味良い音とともに、可愛らしい肉球がスオウの頭をひっぱたいた。
軽い刺激に顔を上げれば、そこには狼耳つきのフードをかぶったアルファが眉間にしわを刻んでいた。……格好がいつもより数倍子どもらしいので怖さは半減している。
「オメガに何くだらねぇこと教えてやがんだこのダメ大人!」
「えー、だってせっかくのイベントだぜ? 年に一回の盛大な祭りを楽しむためには、イタズラも全力でやりきって、なおかつ菓子もたらふくゲットだろ!」
「わ、私もがんばりますっ!」
「やめろオメガ、がんばらなくていい!」
「よぅし、じゃあまずはヴァレリアんとこの弟子にでも仕掛けにいくぞー。特にあの紫頭の奴が良い反応しそうで楽しみだぜ」
「人の話を聞けー!」
アルファの叫びを綺麗に無視して、スオウは何に使うつもりなのかわからないカボチャの山で訪問する相手を選んでいく。堂々とイタズラができるからか、今日の彼はいつもよりハイテンションになっていた。
これはもう止められない。
名前の挙がった数名に心の中で謝るアルファの裾を、ちょいちょいと小さな手が引っ張った。
「あの……アルファはお祭り、参加したくない?」
魔女の衣装に身を包んだオメガが心配そうな眼差しを向けてくる。
その手には魔女の杖と、イタズラに使うカボチャの籠。
どうやら彼女もこのお祭りを楽しみにしているらしい。アルファの良心がぐっと痛む。
「わ、私、アルファと一緒にお祭り楽しみたい……」
一生懸命自分の気持ちを伝えようと頑張っているオメガに、アルファは少しだけ沈黙した後……。
「あーもう、わかった! やるからには、とことんやってやるからな!」
吹っ切れたような言葉とともに、オメガが持っていた籠を自分も手に持った。
「行くぞオメガ! どうせならスオウの奴には思いつけねぇようなイタズラを考えて、アイツを驚かせてやろうぜ!」
「う、うん!」
年相応の笑顔を見せながら、お菓子とイタズラに溢れたお祭りへ向かっていく。
二人が考えた“イタズラ”がどんなものだったのかは、この言葉を告げられた人だけが知っている。
「トリック&トリートだぜ!」
「と、とっておきのお菓子とイタズラ、楽しんでくださいねっ!」
閑話【いつか過ごすかもしれない聖夜Ⅲ】
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プレゼント交換会を終えて、互いに贈り物を眺める静かな聖夜。
ロミアは可愛らしい耳がついたフード付きブランケットを羽織りながら、プレゼントを手に取るイルミナの様子をそっと伺った。
スカーレットに手伝ってもらいながら作った手袋は気に入ってもらえるだろうか。
彼女の心に浮かんだ少しの不安は、上機嫌にゆれるモフモフの尻尾でかき消される。
「えへへっ。ふわふわ、モフモフ。とってもあったかいですね、イルミナちゃん!」
「……うん」
一生懸命飾り付けたツリーの下で、二人は会話に花を咲かせる。
そんなクリスマスの光景を、三つの影が微笑まし気に眺めていた。
「あーあ。これは二人とも、しばらく寝付かないね。僕らはまだまだ寒空の下で待機みたいだ」
「姫様があんなに楽しそうなのです、邪魔してはいけませんよアーミル。煙突から突入するのはお二人がベッドに入ってからです。その時はズオー様も、できるだけお静かにお部屋へお入りくださいませ」
「……」
明日の朝には、きっと枕元に置いた贈り物を見て二人とも目を丸くすることだろう。
厳ついサンタクロース達は頭に雪を積もらせながら、彼女達が眠るのを待ち続けるのだった。
閑話【いつか過ごすかもしれない幸福】
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「今日は大切な人に感謝の気持ちを込めてお菓子を渡す日なんですって」
龍究館に甘い匂いが立ち込める。
シャゼルから楽しげなイベントを聞いたイデアルは、マイネに教わりながら作ったチョコレートを贈る。
「美味シソウ……。オ母サン、アリガトウ」
「喜んでもらえて嬉しいわ」
綺麗にラッピングされたお菓子を手に、6号……アルトゥラは嬉しそうな顔を見せる。
その横では、彼専用の特大チョコレートを渡されたヴァンドがポロポロと涙を流していた。
「わ、私にも……あるのか……ウウッ……」
「ふふっ。ヴァンドだって、私の大切な存在よ」
神殺しの力を宿した屈強な龍であるヴァンドが、チョコレートを抱えて泣いている。
イデアルはくすくすと笑いながら、愛情の籠った瞳で彼等を見つめた。
悲しいことも辛いこともたくさんあったけれど、またこうして一緒に笑えている。
(私はそれだけで、十分幸せだわ)
目を伏せ、温かな時間に浸る。
そんな彼女を現実に引き戻すかのように、小さな手がエプロンのすそをくいくいと引っ張った。
「オ母サン、一緒ニ食ベヨウ」
「アルトゥラ、食べる前に手を洗うのだぞ」
甘えるアルトゥラと、感涙しながら親らしく言葉をかけるヴァンド。
イデアルは満面の笑みを浮かべて、家族と共に幸福のひと時を過ごしたのだった。
――これはいつか過ごすかもしれない、家族の光景。
閑話【在りし日の職員室】
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とある日の夕方。一日の授業を終え各々が放課後を楽しむ中、学園でも人気の教師ヴァレリアは仲の良い姉妹と雑談に興じていた。
「それで、先週の体力テストはうまくいったのか?」
「もちろんです。教官に顔向けできないような結果にはしません」
満面の笑みを浮かべる姉妹の姉ニースに、ミラもくすくすと袖元を口に当てて微笑む。
「お姉ちゃん、すっごく張り切ってたんですよ」
「それはミラもだろう。しかし、遠目でお前のクラスの様子を眺めていたが、あの紫色の髪をした男子は大丈夫だったのか? 100m走で顔面から転がっていただろう」
体育館に移動する際、グラウンドで妹の姿を見つけたニースは、陸上テストで派手に転んだ男子生徒を目にしたのだ。
一緒に走っていた友人らしき青年とミラが慌てて駆け寄り助けていたのを思い出す。
「リエトなら、あの後保健室に連れて行ったわよ。ヴィゴと一緒に走るからってライバル意識出しすぎなんだから……」
その時のことを思い出したのか、ミラはあきれ顔で肩をすくめる。
彼女達の話を聞いて、ヴァレリアは少し思案したと思ったら手にしたマグカップを掲げて宣言した。
「ならば私が奴を特訓しよう。リエトもやるときはやる子だからな、今回うまくいかずとも、きっといい結果を出せる日がくるさ! よし、早速明日、奴を引っ張ってこよう!」
「教官は相変わらず生徒思いですね! そのリエトという男子学生もきっと喜ぶ。ミラもそう思うだろう?」
「そりゃ喜ぶだろうけど、リエトが教官とマンツーマンの特訓なんてずるい。あたしも教官のお手伝いをします!」
「それは助かるな。心優しい生徒をもって私は幸せだ」
クスクスと楽し気に笑いながら、三人の雑談は下校時刻になるまで続いたのだった。
(リエトの兄ちゃん明日は大変そうだな……)
(が、がんばってくださいリエトさん……!)
(こりゃ面白れぇこと聞いたな、明日冷やかしに行ってやろ)
(やめろよスオウ、大人げねぇな……)
(俺いま子どもだもーん)
教師と生徒の他愛ない雑談で男子生徒の地獄の特訓が決まったことを知るのは、机を挟んだ先でうごめく三つの小さな頭だけである。
閑話【在りし日の図書室】
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いつもは静かで、たまに少し騒がしい学園の図書室。
しかし今日は、いつもより数倍やかましさが際立つ空間と化していた。
「ちょっとディステル、それは僕が数カ月前から申請してやっと入れてもらった新書なんですけど!?」
「知らんな。この学園の図書室は予約制ではない。故に手にしたものが貸し出しの権利を得る。それより貴様、持っているその本をこちらに渡せ。それは貴様ごときが手にしたところで内容の理解など不可能だ」
「僕だってこれくらい読めます!」
「嘘をつけ、だいたい理解以前に、お前は読み切る前に体力が尽きるだろう。大人しく今月の新刊は私に譲れ」
「そこまで体力無しじゃないですからね!? 先月はしてやられましたが、今月の新刊は絶対に手放しませんよ!」
ギャーギャ―バタバタと騒がしく言い合いを繰り広げながら、本棚から新刊と札のつけられた本を引き抜いていくリクウとディステル。
そんな二人を、レーヴェンとプラリネは少し離れた読書机で本を読みながら眺めていた。
「やー、リッくんもディスくんもスゴイねー。あんなにいっぱいの本、ボクなら絶対に読めないよー。ね、レーくんもそう思うでしょ?」
「そうだな。というか、あの二人も最初はこんな数の本を借りる予定ではなかったんだろうがな……」
リクウやディステルが手にしている本の山の中には、難しい学術書の他にどう考えても子ども向けの童話本などが紛れている。もはや内容にかかわらず新刊とうたわれているもの全てを取り合うつもりなのだろう。
正反対のようでいてどこか似たところがある二人は、昔からどんなことでも『こいつにだけは負けたくない』という意識があるようだ。
「彼等はそうやって反発しながらも、お互いに高め合ってきたのだろう」
「うーん。よくわかんないけど、つまり二人は仲良しってことかな?」
「ああ、そうだな」
今もなお大量の本を抱えながら騒いでいる二人を眺めながら、レーヴェンは柔らかな笑みを浮かべた。
「貴方に『それいけアワりん激闘編』の魅力がわかるとは思えませんね!」
「貴様こそ『がんばれホノりん』を描いた作者の意図を理解できるものか」
(……しかしそろそろ止めないと、まずいかもしれないな)
レーヴェンの予想通り、二人は騒ぎを聞きつけやってきた図書室の管理者にしこたま叱られ、その後しばらく図書室の利用禁止令を言い渡されることになるのであった。
これはリクウ達がまだ学生だった頃のお話。
閑話【純白の衣装】
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美しい刺繍やレースがあしらわれた純白の衣装。普段自分が着るものとは正反対のそれに、ロシェは居心地の悪さを感じながら目の前の友人に向けて文句を口にする。
「どうしてアタシが、こんなの着なくちゃなんないワケ……?」
「お師匠から頼まれた教会のお手伝い、専用のお洋服を着る必要があるんだって。ロシェすっごくキレイだねー!」
ニコニコと笑顔を見せるプラリネも同じく真っ白な衣装を身に纏っていた。
動きやすそうなパンツドレスは、いつも元気いっぱいの彼女によく似合っている。
今日は一日この衣装を着て、永遠の絆を誓う儀式の手伝いをしなくてはいけないらしい。
こんな事なら意地でも手伝いを断るんだったと、ロシェは深いため息を吐く。
「アタシやっぱり帰る」
「えええーっ!? どうしてー? お洋服気に入らなかった?」
「こういうの……アタシには似合わないでしょ」
不満げなプラリネに、ロシェはヒラヒラとなびく衣装の裾を持ち上げてみせる。
そんな彼女にプラリネは一瞬きょとんとした顔をした後、満面の笑みを浮かべた。
「そんなことないよ。だってその衣装は、ボクがロシェに一番似合うと思って選んだものだもん」
まるでどこかの御伽噺に出てくる王子のように、美しいベールをすくい上げてみせる。
「他の誰が何を言ったって、ボクにはロシェが一番キレイに見えるよ。……それじゃだめかなー?」
「~~~~っ!!」
嘘偽りのない心からの言葉を真正面からぶつけられ、ロシェは頬を真っ赤に染めあげる。
「……今日だけ、だから」
「やったー! ありがとうロシェ!」
「……アンタ、ホント恥ずかしい……」
嬉しそうに破顔するプラリネを前に、ロシェは薔薇のように赤くなった顔を白く長い袖で覆い隠した。
閑話【夢のような出来事】
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「クーサマ、綺麗! 本当ニ綺麗!」
「そんな当たり前のことを連呼しないでほしいですわ。鬱陶しい」
自分好みの可愛いドレス、美しい花飾りとリボンを付けて、上機嫌でいられたのはほんの少しの間だけ。
ここしばらくおあずけだった可愛いものに夢見心地だった彼女の気分は、キャイキャイとうるさく周囲を飛び回る契約龍のせいで著しく損なわれてしまっていた。
「クーサマ、凄ク可愛イ! 可愛イクーサマ、見ラレテ幸セ!」
「……私はとても不幸せですわ。ただでさえ可愛くない龍ですのに、さらにダサい装いを見せられるなんて」
自分と同じように正装姿をしているモルムを眺めて、クーリアは至極不満そうな顔をする。
「ダッテ、クーサマ綺麗ナ恰好ダカラ。僕モ綺麗ニシナクチャッテ……」
「それでどうしてその恰好に行きついたのか、理解できませんわ」
「ゴ、ゴメンナサイ……。僕、可愛クナクテ……」
(……別にこの子がしょんぼりしようが、私の知ったことではありませんわ。……けれど何故かスッキリしませんわね)
仕方がないと深いため息を吐いて、クーリアは足元でしょんぼりと項垂れるモルムを見下ろし宣言する。
「周囲にダサい契約龍を連れているなんて思われるのは不愉快ですもの。せめて見られる程度には、私がコーディネートしてあげますわ」
完全に上から目線の、馬鹿にした物言い。しかしそれでもモルムはぱぁっと嬉しそうに顔を上げて、女神を見るような目でクーリアを見上げた。
「クーサマ! 嬉シイ! アリガトウ!」
「……本当に、仕方がありませんわね」
嬉しい嬉しいと喜びの声を上げるモルムを見て、クーリアは不機嫌そうに目を細める。
しかしその口元は、わずかに笑っていた……のかもしれない。
「クーサマガ! 僕ノ為ニ! コーディネート! 嬉シイ!」
「……勘違いしないでくださいます? これは私のためであって、決して、万が一にも、貴方のためではありませんわ」
しかしやっぱりとても鬱陶しかったのか、モルムは見事クーリアの足蹴にされてしまった。
「ギャフン! デモ嬉シイ! 夢ミタイ!」
「ちょっとアンタ! アタシの可愛いモルムちゃんに、なんてことしてんのよーっ!」
己の足元には踏まれてもなお嬉々とした表情の龍がいて、背後からは白いドレス姿の……得体の知れない何かが迫り来る。
「……夢ならさっさと醒めてほしいですわ」
それは今のクーリアの、心の底からの願いだった。
閑話【夏の兄弟喧嘩】
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真夏の日差しが照り付ける中。
皆の避暑地となっている島の海辺で、ピーッと笛の音が響く。
「貴様! この海でサメとのバトルはやめろと何度言えば理解するんだ!?」
小ぶりな笛を首に下げ眉間に皺を寄せているのは、砂浜と海の平和を守るべく今の期間だけ特別任務に従事しているヴェルドだ。
彼の険しい視線の先には、楽しげに海から顔を出すターディスの姿があった。
その周囲には、気絶したサメたちがふわふわと水中を漂っている。
「この海の生き物は人を襲わないと言うのに、貴様はどうしてそう野蛮な行動しかできないんだ」
「俺との力比べがしたいって言ってきたのはここのサメ共だぜ。場所も沖で浜の奴等には影響ねぇんだから気にすんなって。あんまり怒り過ぎるとぶっ倒れるぞ」
「誰のせいで叫び倒す羽目になっていると思っているんだ」
「だいたいお前に海の監視役なんざ荷が重いんじゃねぇか? 昔から暑さに弱いだろ。ちっせぇ頃も水遊びのし過ぎで目ぇ回しまくって」
「うるさいやめろ余計なことをべらべらと口にするな!」
ケラケラと笑い声をあげるターディスに、ヴェルドは苛々と笛を持つ手に力をこめる。
顔に熱が集中するのは彼の言う通り暑さのせいか、幼い頃の話を持ち出されたことに対する恥ずかしさなのかは……あえて考えないことにした。
「いいから、さっさと浜に戻ってこい。貴様はもう遊泳禁止だ」
「へいへい……。お、なんだサメ共、まだ戦る気があるってか! いいねぇ、それなら気が済むまで付き合ってやるぜ!」
「やめろと言っているだろバトルを再開するな!! 少しは人の話を聞けー!!」
ざぶざぶと海のバトルを満喫するターディスに向けて、ヴェルドは再び勢いよく空気を吸い込んで、制止と抗議と苛々を詰め込んだ笛の音を高らかに鳴らしたのだった。
閑話【トリック&トリート!Ⅱ】
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「トリック&トリート!」
幼い少年少女3人が、声をそろえてこの時期限定の可愛らしい呪文を唱える。
普通なら微笑ましい光景に和むところなのだが、満面の笑顔で普通とは異なる呪文を吐いたスオウに、リクウは “うげぇ”と心底嫌そうな顔をみせた。
「いやいやいや。セリフ間違ってますよスオウ殿。アンドって何ですかアンドって、普通は“オア”です。お菓子も悪戯もって欲張りすぎじゃないかと」
「あぁー? ノリが悪ィ奴だな。可愛いお子様の戯れくらい笑って許容する程度の度量はねぇのかよ」
(誰が可愛いお子様だ、誰が)
ほぼカツアゲに近しい様子を眺めながら、アルファが心の中で小さく毒づいた。
甘味とイタズラの両方を楽しめるとハイテンションなスオウは、すでに数人の知人をまわって目的を果たしているが、どうやら思ったよりお菓子の量が少なく若干ご機嫌斜めらしい。その鬱憤を晴らすかのようなリエトへの悪戯は憐れみを禁じ得なかったと、つい数時間前のことを思い出してため息をつく。
そんなアルファに、リクウはあらかじめ用意していたお饅頭を差し出しながら笑いかけた。
「お二人とも、スオウ殿に付き合って大変ですね」
「そ、そんなことないです! スオウ様と仮装してまわれるなんて、とても楽しいです!」
「もう大分慣れたっつーか、いっそ一周回って楽しんでやろうって気にまでなってるから大丈夫だぜ」
「さ、最近のお子さんは順応力が高いんですね……」
この自由人についていくのは自分なら到底無理だ、と苦笑いを浮かべる。
そんな彼の肩を、ポン、とだれかが叩いた。
はて誰だろうと振り向けば、いつのまに姿を変えたのか青年のスオウが最高に意地の悪い目をして佇んでいる。
「グダグダしてねぇで、さっさと菓子を寄越せ。ちなみに最高級の金平糖しか認めねぇからな」
「ウェェお菓子に指定まで入るんですか!?」
「当然だろ。まさか用意してないなんてことはねぇだろ? ……もしそうなら、とーっておきのイタズラしてやんねぇとなぁ」
こんこんと手で狐の形をつくりながら鬼の如き形相で迫るスオウに、リクウはヒィィと悲鳴を上げて脱兎のごとく逃げ出した。
……しかし運動が苦手な彼がスオウから逃れられるはずもなく。
ほどなくして、収穫祭の夜空にリクウの独特な悲鳴が響き渡るのだった。
「やー大量大量ー。これでしばらく甘味には困らねぇぜ。収穫祭最高だな!」
「スオウ様が楽しそうで何よりです……!」
ユキアカネが秋の夜空を走る中、その背でニコニコと楽し気に笑うスオウとオメガ。
その後ろで、スオウが抱えているカボチャのカバンに視線を向ける。
大量にせしめた菓子の山。
その隙間から、ヒビが入った誰かの眼鏡が見え隠れする。
(……見なかったことにしよう)
「何ボーっとしてんだアルファ。次はハイレンのとこにいくぞー!」
「はぁ!? お前まだこれ続けんのかよ」
「当然だろ! せっかくの収穫祭、最後までしっかり楽しむぜー!」
閑話【秋の監獄演習】
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とある秋の夜。
仲間への差し入れを手にやって来たニースは、彼の管轄である監獄が普段とは異なる賑わいをみせていることに気付く。
普段は監獄らしく重く沈んだ雰囲気なのだが、今日はやけに騒がしい。
何かトラブルでもあったのだろうかと仲間の姿を探し歩いていると、通路の曲がり角から何かがガチャンと音を立てて飛び出してきた。
「何だ!?」
「む。その声はニース隊長ですか」
ニースはきょとんとした顔をするヴェルドの様相に目をまるくする。
普段とは違う縞々模様の衣装を身に着け、何故か大きな足枷と手枷をつけていた。
「どうしたんだヴェルド。その恰好は看守というよりまるで囚人じゃないか」
「あぁ、今ちょうど演習をしていたので」
「演習?」
詳しく聞けば、どうやら看守として監獄のシステムが動作するか、脱走者への対策がしっかりとれているか等を検証・確認するための演習をしていたらしい。
「囚人の立場になって、実際に脱獄した時の動きを検証していました。視点を変えるだけで見えてくるものがある。実際、この手枷は使役している龍や魔物の手を借りれば外すのに時間はかからなかった。足枷ももう少し強度の高いものにしなければ……」
ブツブツと自らの身体を使って得た検証結果を考察するヴェルドに、ニースは感嘆の息を漏らした。
「ヴェルドはこんな日まで勤勉だな」
「こんな日? 今日は何かあったでしょうか」
「なんだ、知らなかったのか。今日は収穫祭だ」
ほら、とニースが手にしていた差し入れを広げる。
色とりどりのカラフルなお菓子が、鮮やかなカボチャの入れ物に詰め込まれていた。
「ということでヴェルド。トリックオアトリート、だ」
「え」
さわやかな笑顔でこの日限定の言葉を唱えるニースに、ヴェルドはぽかんと口を開ける。まさか自分がそんなセリフを言われるとは思いもしなかったらしい。
「も、申し訳ありません隊長。今日がそういう日だとは知らなくて、何も用意がありません」
申し訳なさそうに視線を落とす。
そんな様子をみて、ニースは口の端を持ち上げ子どものような笑顔を見せた。
「お菓子がないならイタズラ決定だな!」
その言葉と共にパチンと指が鳴り、ぽんっとコミカルな音を立てて彼女の魔法が発動した。
無骨な鉄球は可愛らしいカボチャ型になり、彼の帽子もポップなハロウィン仕様のデザインに変化する。
「た、隊長……?」
「せっかくのイベントだ。勤勉なのは良いことだが、少しくらいお祭りを楽しんでも良いんじゃないか。その恰好なら仮装って言ってもおかしくないだろう?」
「……隊長が悪戯をするなんて珍しいですね」
「楽しむなら全力で、というのが師からの教えだからな」
任務時の冷静な面持ちとは違った、遊び心に溢れた顔を見せるニース。
ヴェルドは少しだけびっくりした顔をした後、そっと肩の力を抜いて微笑んだ。
たまには、こんな日があってもいいだろう。
「しかし悪戯だけというのもつまらないだろう! 差し入れ替わりと言ってはなんだが、手製のお菓子をつくってきたんだ」
「え」
「たくさん作ったんだが、何故かシャゼルやエンラは悪戯が良いと菓子を遠慮されてしまってね。せっかくだ、いつも頑張ってくれているヴェルドにプレゼントするよ」
「……え」
その後。
収穫祭から数日の間、ヴェルドは自室から姿を見せなかったらしい。
閑話【いつか過ごすかもしれない聖夜Ⅳ】
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「イルミナちゃんに楽しんでもらえるよう頑張ります!」
そう言いながら少し前まで張り切ってクリスマスの準備を進めていたロミアは、頑張りすぎたのか準備が整ったとたんにすやすやと夢の中。
そんな彼女を優しくなでてやりながら、スカーレットは慈愛の瞳を向ける。
ズオーが彼女を拾ってきた時、魔獣や悪魔だらけの城で唯一の人間であるロミアを育てることに、最初は不安があった。
けれど今、彼女は友人のために一生懸命になれるような、素直な良い子になってくれた。
ずっとロミアの世話役として彼女の側についていたスカーレットにとって、これほどうれしいことはない。
「むにゃ……いるみなちゃん……めりーくりすます、です……」
夢の中では、もうクリスマス会が行われているらしい。
喜んでくれるだろうかと沢山悩んで決めたプレゼントを渡しているのだろうか。
眠ったまま笑みを浮かべるロミアに、スカーレットも小さく微笑む。
「ふふ……。姫様を大事に想っている者にとっては、その笑顔がなにより素敵な贈り物なのですよ。姫様」
彼女の友人を迎えに行く時間まで、あと少し。
スカーレットはもうしばらく、幸せそうな彼女の寝顔を見守ることにした。
「メリークリスマス。幸せな聖夜をお過ごしください、姫様」
愛すべき姫にそう伝えるのは、彼女が目を覚ましたその時に。
閑話【とある新年の一幕~全テヲ墨ニ~】
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『……』
「ねぇディス、アレ何やってんの?」
「……私に問うな」
普段からほとんど言葉を発することなく、無駄な動きもしないラジョアが、なにやらせっせと何かの準備をしている。
(どこから持ってきたのか)炬燵の中で温まっていたロシェは、無言のまま謎の行動に出ている仲間(?)を面白そうに眺めていた。
「真っ白な紙なんかいっぱい用意して、大っきい筆で何するつもりなわけ?」
返事が来ないことなどわかっているだろうに、ロシェがけらけら笑いながら問いかける。
そんな彼女のからかいを気に留めることもなく、ラジョアは準備が整ったのか目の前に置いた紙にむかって、勢いよく筆を振り上げた。
ビシャッと、筆につけられた影ならぬ墨が真っ白な紙に達筆な文字を描いていく。
そうして出来上がったのが――……。
“賀正”
「……書初め?」
「……書初めだな」
ロシェとディステルは目をぱちくりさせながら、どこか自慢げに掲げられた紙を見つめる。
「クフフッ、そういえば新年だもんねぇ」
「だからと言って何故唐突に書初めなど……」
そこまで言って、ディステルはハッと昔の記憶を思い出す。
そういえば昔、レーヴェンが初めて“書初め”というものを体験した際とても気に入っていたような。
『全テヲ墨ニ……』
「クフフ、せっかくだしアタシもやろっかなぁ。ちょっとその筆貸しなさいよぉ」
ヒマつぶしには丁度良いと、ロシェが今もなお書きまくっているラジョアから筆を奪いに向かう。そんな彼女達をどこか遠い目で見つめながら、ディステルは冷めかけた雑煮に手を付けるのだった。
※パズドラクロス・TVアニメーション等の設定とは異なります。