パズル&ドラゴンズ
絆の章【リクウとディステル】
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三冊の魔導書を “完全なる魔導書”に集成するイルムを阻止するため、ティフォンとガディウスは魔法壁を打ち破った。
しかし刃がイルムに届く直前、まばゆいほどの光が放たれ二人の体を吹き飛ばす。
その光の中心では、目覚めたイルムが一冊の本を携え佇んでいた。
「完全なる魔導書の完成だ」
イルムの隣に姿を現したラジョアとディステル。
彼等の側には、気を失ったロミアと6号が捕らわれていた。
「これで全てが揃った。貴様等が何をしようと無駄だ」
ディステルの言葉と同時に、イルムはロミアと6号を光の球体に閉じ込めると、彼等の魔力を強制的に放出させ始めた。
その量を見てリクウが青ざめる。
「これほどの魔力を放出させ続けたら、あの子達の体がもちません!」
「お前たちの好きにさせるものか……!」
すぐさま銃を構えるニース。彼女に続き、ティフォンとガディウスも再びイルムへと剣を振るう。しかしそんな彼等の前にラジョアが立ち塞がった。
「これでは……っ」
「無駄だと言っただろう。貴様にできることなど、もう何もない」
全員が思うように動けず歯噛みするリクウにも、ディステルが魔術で足止めをする。
魔力を奪うレイゲンの牙をリョウエンの翼が防ぎ、リクウのペンが術を完成させる前にディステルの術がそれを打ち消す。互いが互いの動きを知り尽くした戦いが繰り広げられる中、ディステルは普段とは違う強い口調で叫んだ。
「大人しく山奥に引きこもっていればよかったものを!」
「では何故僕の前に姿を現したのですか! 貴方が出てきてあの人も関わっていると知ったら、僕が黙っていられるはずないとわかっているでしょう!?」
「黙っていられないだと? 今更貴様に何ができるというのだ! 貴様は昔からそうだ、いつも理想論ばかりを口にして、いざというときには役立たずになるだろう!」
「貴方だっていつも周囲の迷惑を考えない危険な方法ばかり実行して、後始末をさせられるのはいつも僕じゃないですか!」
術をぶつけ合いながら言葉の応酬は止まらない。
それは共に旅をした頃から変わらない二人のやりとりだった。
「貴様とてあの時、彼を救えなかった事をずっと後悔していたはずだ! 彼が再びこの地に戻ることを、何故止める!?」
いつもの冷ややかなものとは違う、熱の籠った言葉の数々がディステルの口から吐き出される。それはまるで、友達から置いてけぼりにされていじけた子どものように見える。
それでも、リクウの答えは変わらない。
「……誰かを不幸にするような方法で彼が戻っても、僕は嬉しくありません。だから行動すると決めたんです。今度こそ、間違った道に進もうとする友を止めるために」
その返答にディステルは両手を握りしめる。
「彼の側にも龍喚士の側にもつけない中途半端な貴様に、あの人を止めることなどできるものか!」
激高し冷静さを失ったディステルの感情を受け、レイゲンが無数に分裂し襲い掛かる。
しかしリクウは手にしていたペンを放り投げ、迫りくる龍を真正面から突っ切った。
「なっ……!?」
強引に突き抜け受けた傷も気に留めないまま、リクウは驚愕するディステルの胸倉を掴む。
「貴方の言う通り僕の力では彼を止められないかもしれない。でも“できるできない”じゃない、“するかしないか”なんです。それに……っ」
すぅ、と息を目いっぱい吸い込む。
「僕が止めたい“友”の中には貴方だっているんですよこの石頭!」
一気に吐き出された叫び声と同時に、渾身の頭突きがディステルの額に打ち込まれた。
絆の章【帰還Ⅰ】
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リクウとディステルが対峙する中。
ティフォンとガディウス、そしてニースは、行く手を塞ぐラジョアに対し苦戦を強いられていた。
いくら攻撃しようとも、本体が影……「闇そのもの」であるラジョアには通用しない。
この間にも、イルムはロミアと6号から魔力を奪い続けている。
何とかこの場を凌がなければ。
「……っ!? 危ない!」
焦燥感で視野が狭くなっていたティフォンに、ニースの声が飛ぶ。
顔を上げれば、ラジョアの影刃が己へと迫っていた。
「……っ!」
避けきれないとティフォンが痛みを覚悟した時。
目前に現れた黒鎧の者が、迫る影刃を斬り払った。 その姿に兄弟は目を見開く。
それは己の故郷を滅ぼし戦った黒き魔、ズオーだった。
「何故……」
口から漏れ出た言葉の中には、さまざまな問いが含まれていた。
ここに現れた理由。自分を助けた理由。そのどれにも答えることなく、ズオーは捕らわれの娘を一瞥すると、手にしていた刀身の先をラジョア……そしてイルムに向ける。
「その娘を返せ」
久しく姿を見ていなかったズオーの姿を前に、イルムは目を細める。
“創造”を司る己とは対となる“破壊”を司る存在が、娘一人を取り戻すためこの場にやってきたらしい。
「破壊のみがお前に与えられた存在意義のはず。何故それと反した行動を取る」
「貴様に説く義理はない」
ズオーの返答にイルムは静かに瞼を落とした。
もとよりどんな理由だったとしても、己が理解できるようなものではないだろう。
イルムは両手を掲げ、己の左右に浮かぶ光球を宙へと浮かべる。
その中では、ロミアと6号が苦しみの表情を浮かべていた。
「私は私に与えられた存在意義を果たすのみ」
抑揚なく告げられた言葉と共に、光球の輝きが一層大きくなる。
「ウァ……アァアアアッ!」
「や……イヤです……助け……お父、さま……っ」
悲痛な声が響き、同時にズオーが地を蹴り娘に手を伸ばす。
しかし……父の手が届くことはなかった。
絆の章【帰還Ⅱ】
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ロミアと6号から吸い上げた魔力を魔導書によって収束させ、イルムは次元に大きな穴を穿つ。全ての空間を開くロミアの「鍵」の力によって開かれた穴には、幾重もの封鎖が張り巡らされていた。
そして6号から得た魔力を利用し開けた穴を固定すると、魔導書の力を刃にして目の前の鎖を断ち切る。
バキンッと鈍い音と共に鎖が解かれた瞬間。
異空間の穴から、暗く重い稲妻が迸った。
「この力は……!!」
今まで感じたことのない殺気と重圧にニースが膝をつく。
ラジョアの時とは比べ物にならないほどの力が全員を襲った。
異空間につながる穴から、暗く重く深い絶望と悲憤を混ぜ合わせたような気配がゆっくりと近づいてくるのが分かった。
しかし誰もその場から動かない。動けない。
全員がひざまずくような光景の中、その空間からゆっくりと黒の稲妻と共に一人の男が現れた。
その姿にリクウは大きく目を見開き、決して忘れることのなかった親友の名を口にする。
「……レーヴェン」
絆の章【帰還Ⅲ】
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かつてのリクウの友。龍と人との共存を望んだ者。
世界を変えようとした結果、龍王と龍喚士によってその身を封じられた者。
龍によって友を、理想を、世界を、愛しい者を失った者。
イルムとズオーを生み出し、ラジョアを使ってキリたちを動かしていた、全ての事の発端。
そして、ティフォンとガディウスにとって、父と呼べる存在。
リクウが口にした、初めて聞く父の名。けれどティフォンは声をかけることも剣を向けることもなく、その姿を見つめるだけしかできなかった。
「ようやくだ……ようやく帰ってこられた。あの日からずっとこの時を待ちわびていた。見えるかリクウ、私達が憧憬と敬愛を抱いた彼の姿が、今再びここにある」
「……っ」
求めていた人物の帰還にディステルが歓喜の声を上げる。対照的に、リクウは黙ったまま彼から視線を外さない。そんな二人に声をかけることもなく、レーヴェンはゆっくりと周囲を見ている。
その一挙一動に全員が目を離せない中、彼がまず目を止めたのは双頭の龍を伴う二人の青年だった。
「……ドルヴァ、セディン」
『久しいな、我らがかつての契約者』
『今はもう、我らが契約した頃の貴様とは異なる存在なのだろうがな』
名を呼ばれ、セディンとドルヴァがそれぞれ口を開く。
かつての契約者という言葉に詳細を知らないガディウスは目を見開いたが、セディンは構うことなく話を続ける。
『貴様の魂の在り様は、見ない間に随分と様変わりしたようだ』
『今一度問おう。かつて我らが願いの強さを認めた者よ。貴様の願いは何だ』
双頭の龍達の問いに、レーヴェンは迷いなく答えを出す。
「世界を壊し、再び創造する」
すべては龍なき世界のために。
絆の章【手助けⅠ】
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大広間で戦闘を繰り広げていたクーリア達と直属部隊、そしてリューネ達は、天城の最奥から膨大な魔力の放出を感じ取った。
「あらあら……どうやら貴方たちの努力は水の泡になってしまったようですわね」
クーリアがくすくすと笑みを浮かべ、魔導書の創造と彼の者の帰還が叶ったのだと告げる。
「……ティフォン達は間に合わなかったのね」
「んもう、隊長ったら何やってんのよ!」
クーリアたちの攻撃の手は休まらないどころか、さらに増援として幾多もの魔物が自分たちを追い詰める。
じれったさを感じ、シャゼルが他の仲間に悲鳴を飛ばした。
「ちょっとラシオスちゃん達、こっち手伝ってちょうだいな!」
「無理を言うな、こちらとて手一杯だ!」
ラシオスは声をあげながら迫りくる敵を大剣で薙ぎ払っている。気を失ったリィをかばいながら戦っているため、防戦一方になっていた。ターディスの相手をしているヴェルドも返事をする余裕すらないようだ。ラジョアの一撃を受けたキリの容態はどんどん悪くなっている様子で、エンラの治療を中断させるわけにもいかず、この二人を守りながら応戦している自分やシルヴィもそろそろ限界が近い。
(どうする、どうすれば……)
その瞬間、一発の弾丸が、目の前の敵を撃ち抜いた。
リューネは愕然としながらも、その弾丸が発砲された方へと目を向ける。けれどそれらしい人物はどこにもいない。代わりに見つけたのは……。
「おう、また会ったな!」
ユキアカネに乗ったスオウの姿だった。
「どうしてここに……」
「ハイハイ説明は後にしてくださいッス。それより患者はどこッスかー?」
戸惑うリューネの前に、今度は全身スーツ姿の人物がぬぅっと顔を出す。
「な、何者なの」
「何って、医者ッスよ。傷だらけなんで貴方も後で診るッスけど、今は先に重傷そうな……」
「ハイレン、多分あれだろ」
「うーん? ……ああ、そっスねあの人ッスねー。ありがとうございますセンパーイ」
ハイレンと呼ばれた人物は、連れていた龍と共にエンラが治療しているキリの側へとずんずん近づいていく。
「お疲れ様ッス。こっからは自分が変わるッス。じゃあサクサク治療始める……と言いたいところッスけど、ちょっとココ不衛生っすよセンパイ。ばい菌は排除してもらわないと悪影響が出るッス―」
ハイレンが言う“ばい菌”とは、襲い掛かってくる大量の敵の事だろうか。
その訴えに、スオウは大丈夫だと空を指さしてみせた。
絆の章【手助けⅡ】
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天城の壁を抜けて撃ち込まれる弾丸の雨が、多くの敵を射抜いていく。
しかしどこから狙っているのか、周囲を見渡すだけではわからない。
「これは少々厄介ですわね……」
動きを制限され、クーリアが面倒そうに顔をしかめる。
一体誰が。リューネが問いかける前に、スオウは口の端を上げて狙撃者の正体を告げた。
「ここに来る前、ちっとばかし寄り道してな。ヴァレリアの所からひとり借りてきたんだ」
天城の壊れた窓からのぞく雲のさらに先。ほとんど見えない場所で敵を狙撃していたのは、ヴァレリアの弟子のひとりであるミラだった。直属部隊の隊長である姉と同じく銃を扱い、得意分野は遠距離からの狙撃である。
魔眼の力を解放し、片目に集中することで照準を定めた超長距離狙撃は、誰の反撃も受けずに敵を仕留めることを可能にしている。
上空からの彼女の援護は、その場の状況を大きく変えた。
それを見たハイレンは、きらりとメスを光らせ頷いてみせる。
「では、ばい菌の排除は皆様にお任せするッス! こちらはお任せくださいッス。ちゃーんと治してみせますので。早速始めるッスよーリヴァート!」
【オッケーリョウカイ】
主の言葉にあわせてリヴァートが電光画面に返答を映し出し、形態を変化させる。
仕事にとりかかるハイレンの様子を見届けた後、スオウはリューネへと向き直った。
「さて、これでお前らも戦いの方に専念できるだろ」
にっこりと子どもの笑みを浮かべる彼に、リューネはこくりと頷く。
目の前の敵を一掃してティフォン達と合流する。
そのことだけを考えて、彼女は手にしていた槍を構え直した。
守りに徹する必要のなくなったリューネ達が本来の力で戦い始める中、アルファとオメガは不思議そうな顔で尋ねた。
「なぁスオウ、お前この一件にはあんまり手を出したくなかったんじゃなかったのか?」
自分が手を出すとろくなことにならないと言っていたスオウが、今回はずいぶんと手助けに励んでいる。
「何かお考えがあるのですか……?」
首を傾げる二人に、スオウは珍しく困ったような顔をして二人の頭をひと撫でした。
「変えられねぇとしても、できることはしとかねぇとな」
未来の可能性を見通し、この先に待ち受ける展開を知る彼の瞳は、わずかな恐怖に揺れていた。
絆の章【ターディスVSヴェルドⅠ】
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ミラとハイレンの手助けによって状況が変わりゆく中、ターディスとヴェルドだけは戦いを続けていた。
圧倒的なパワーとスピードを駆使して戦うターディスに追い詰められたヴェルドは、広間の扉を背に動きを止める。
「そろそろ終いか? まぁお前にしちゃ粘った方なんだろうがな」
拳を構えるターディスは、とても楽しげだった。
彼にとって、強者と戦うことだけが一番の楽しみなのだろう。
昔からその背を見てきたヴェルドはよく知っていた。どれだけ兄の気を引こうとも、何をしようとも、誰にも縛られることなく進む兄がこちらを振り向くことはない。
彼が興味を抱くのは、己よりも強い存在だけだ。今までも……そしてこれからも。
ヴェルドは鞭を持つ手に力を込める。
「……あぁ?」
なんとか攻撃を耐えていたはずのヴェルドの表情に、ターディスは眉を寄せた。
「お前、何でこの状況で笑ってんだ」
「……笑っている? 僕が……」
その言葉を聞き、ヴェルドは初めて自分が笑みを浮かべていたことに気付く。
相手の拳に圧倒され手が出せず、苦しい状況のはずなのに。
口元を手で覆い、目の前の兄を見る。楽し気に戦い、自分だけに集中している彼を見て、ヴェルドは自分が笑っていた理由を理解した。
(ああ、そうか。僕はずっと……)
覆っていた手を除けると、やはりヴェルドの口角は上がっていた。
その表情に、ターディスもにやりと口の端を持ち上げる。
「お前も楽しんでるみてぇだな!」
ヴェルドは否定も肯定もしなかった。代わりに地を蹴り、鞭を振り上げる。
その動きを合図に彼の召喚龍が火と水を纏いながらターディスの腕を絡め取った。
動きを封じたわずかな間に、ヴェルドは腰につけていた鍵束を取る。
数ある鍵のうち一本を外すと、それを広間の扉に差し込んだ。
「牢獄に捕えた大罪人の力をここに解放する。5号室、開錠!」
言葉と共にカチャリと鍵の回る音が響いた瞬間。
開かれた扉の奥から猛烈な竜巻が巻き起こりターディスを閉じ込めた。
「何だぁ!?」
驚愕の声に構わず、ヴェルドは続けて別の鍵を鍵穴に差し込む。
「一族の役目を継承した者は牢獄に封じた者の力を解放し制御できる。貴様が放棄し、僕が継いだ力だ。僕はこの力で貴様を倒す! 4号室、開錠!」
今度は扉から灼熱の炎が巻き起こる。
炎は風と融合するように渦となり、ターディスの動きを封じた。
「チッ、こんなモン……!」
竜巻から逃れようと宙へ跳び上がる。
しかしそうはさせないと、ヴェルドが次の鍵を回した。
「3号室、2号室、同時開錠!」
同時に開かれた扉から、光と闇の稲妻がターディスめがけて降り注いだ。
絆の章【ターディスVSヴェルドⅡ】
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「ぐあぁあっ!?」
避けることもできないまま稲妻が屈強な体を貫き、がくりと膝をつく。
しかし傷だらけになっても笑みを浮かべたまま、ターディスは最後の鍵を握るヴェルドを見据える。
「一族の力を使えるまでになっていたとは驚いたぜ。だが、まだ完全に体が出来上がってないお前にはキツいんじゃねぇか」
大きな力の発動には相応の負荷がかかる。
連発して力を使ったヴェルドの体力は枯渇寸前だった。
今ここで勝負に勝っても、後の戦いに加わることはできないだろう。
それでもヴェルドは鍵を持つ手を下ろそうとはしない。
「何を犠牲にしてでも貴様に勝つ。それが幼い頃から抱いてきた願いだ」
最後の鍵を回し、1号室の扉を開ける。
解放された激流の力はヴェルドの召喚龍達と融合し、巨大な水龍となった。
その強大な気配に、ターディスは渦の中で笑みを浮かべる。
炎の渦ではっきりとは見えないが、目の前には己を超えようとした者が今まさにその願いを叶えようとしていた。
ターディスはその脳裏に、己を見上げるしかできなかった子どもの姿を思い出す。
「あのちっせぇガキが、随分強くなったもんだ」
柄にもないことを口にして、小さく苦笑する。
「楽しかったぜ、満足だ」
そう告げるのと同時に、水龍の牙が竜巻ごとターディスを貫いた。
絆の章【シャゼルVSクーリアⅠ】
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「あらあら、向こうは決着がついてしまったようですわね」
水龍によって倒れたターディスを横目に見ながら、クーリアがぽつりと呟く。
そんな彼女に向かって、体格の大きな葉龍達が飛び掛かった。
「よそ見していられるのも今のうちよ小娘!」
「……こちらは少々飽きてきましたわ」
背から出現させたモルムの手で葉龍達を払い除けるが、シャゼルが開錠した庭から次々と新たな龍達が現れてきりがない。
しかも何故かシャゼルの龍達は、何故かモルムへの直接攻撃を避けている。
「……あなた、やる気ありますの?」
「アタシの可愛いモルムちゃんに傷ひとつ付けられるはずがないでしょう! アンタを倒してモルムちゃんを解放するのよ!」
「……本当に面倒で鬱陶しい人ですわね」
クーリアは煩わし気にモルムへ声をかける。
「後どれほど龍が残ってますの?」
『ファッ!? クー様ガ、僕ニ声ヲカケテル! ウレシイ!!』
「簡潔に質問したことだけお答えなさい」
『エット、エット……マダマダ、イッパイ?』
「……はぁ。こんな龍に尋ねた私が愚かでしたわ」
抽象的すぎる返答に額を押さえながらモルムから目線を外すと……。
今度はシャゼルが目の前でギギギ……と引きちぎらんばかりにハンカチを噛みしめているのが見えた。
「可愛いモルムちゃんになんて冷たい態度なの!? 信じられないわ!! アタシだったら、頑張って答えられたご褒美にたくさん撫でて、ギュウギュウに抱き締めてあげるのに!」
「……気持ち悪い」
「なんですって!?」
大きくため息を吐くクーリアにシャゼルが金切り声を上げる。
「アタシの方がアンタの百万倍モルムちゃんを愛しているのに……! 龍が嫌いならさっさとその子を手放せばいいじゃないの!」
「お断りですわ。この龍は私の理想を実現させるための道具ですもの」
「世界一可愛らしい存在であるドラゴンちゃんを、道具ですって……!」
「あなたにとってはそうでも、私にとっては世界一醜い生き物ですもの。道具として使ってあげているだけでも喜んでほしいものですわ」
クーリアの言葉に、龍腕で首根っこを押さえつけられたままのモルムがウンウンと頷いてみせる。
「モルムちゃん、どうしてそんな愛のかけらもないような子の側にいるの!? アタシの方がずっと可愛がって、幸せにしてあげられるのに!」
その問いかけに、クーリアは不愉快そうに表情を歪めた。
モルムが虐げられてもなお己の側にいるのは、決して自分のことを好いているからではないからだ。
持って生まれた体質のせいで、どれほど拒絶しても龍達は己の側に寄ってくる。
クーリアの外見や内面に好意を持っているわけではない。全て体質に惹かれているだけだ。
モルムも同じ。そんな相手をどうして好きになれるというのだろう。
自分の側にいる理由を聞いたところで、まともな答えなど返ってくるはずがないと思っていたクーリア。
しかし、モルムの答えは彼女の考えていた内容とまるで違うものだった。
絆の章【シャゼルVSクーリアⅡ】
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箱庭ではたくさんの龍達が生活していた。
皆とても美味しいご飯を与えられて、毎日お手入れされて鱗や毛はピカピカのふわふわ。
争いのない平和な箱庭で与えられたものだけを享受する。
箱庭にいる龍の殆どは、置かれた状況に満足していて、『自分達は愛されている』と嬉しそうに話す。
けれど己はそう思わなかった。
甲斐甲斐しくお世話されるのが苦手でたまらなかった。
主人である人間は手を変え品を変え自分を輝かせようと構ってくる。
僕のためだと言うけれど、僕はそんなことを望んでなんていない。
でも拒否したら、周りの龍からつまはじきにされる。
僕とちがって皆ご主人が好きだから、きっととても怒られる。
それが怖くて、『嫌だ』のたった一言を口にできなかった。
『クー様、自分ニ嘘ツカナイ。自分ノ思ウママ二生キテル。好キ嫌イ隠サナイ。ゼンブ、僕ニハ無イモノ』
自分には無かったものを持つ彼女に憧れた。
次第にそれは好意へと変化していき、やがて彼女の望みをかなえてあげたいと願うようになった。
例えそれが『龍を滅ぼす』というもので、その中に自分が含まれていても構わなかった。
『嫌イッテ言ワレテモ、気持チ悪イッテ言ワレテモ、クー様ガ好キダカラ一緒ニイル。ソレガ僕ノ幸セ。僕ノ願イ』
モルムの言葉は、クーリアが考えていたものとはまるで違っていた。
この龍は自分の体質に惹かれていたのではなく、自分の内面に憧れを抱いていたのだと言う。そんな龍は初めてだった。
目を丸くする彼女をよそに、シャゼルは初めて聞いたモルムの本音に握りしめていた拳をゆっくりとほどく。
「……モルムちゃんがそんなことを考えていたなんて知らなかったわ。気付いてあげられなくてごめんなさい」
『シャゼル様……』
「世の全てのドラゴンちゃんの幸せがアタシの幸せ。だから悔しいけど、モルムちゃんがその小娘の側にいたいと言うのなら、アタシは諦めてあげる。
それがモルムちゃんの幸せになるのなら。……そして」
モルムに向けていた慈しみの目を鋭いものに変え、シャゼルはクーリアを見据えた。
「ここからは全力よ! たとえモルムちゃんを傷付けたとしても、アタシは世界中のドラゴンちゃん達の幸せを護るためにアンタを倒すわ!」
その宣言に、クーリアは小さく息を吐いて体から龍腕や翼を出現させた。
モルムの気持ちを聞いたからと言って、龍が世界一醜いものであるという意識も、龍のいない世界という理想のために戦うことにも変わりはない。
……けれど、ほんの少しくらいなら。
「さっさと終わらせますわよ……モルム」
『……! クー様、僕、ガンバル!』
はじめて名を呼ばれたモルムが歓喜に震える。
そんな二人にシャゼルは笑みを浮かべながら、己が愛すべき龍達の未来を守るために地を蹴った。
絆の章【嫌な予感】
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重症を負っていたキリの治療をハイレンに任せ、エンラは周囲を見渡し状況を整理する。
ヴェルドはターディスを倒し、シャゼルがクーリアと戦いを繰り広げている。
多くの魔龍達は外からの狙撃とリューネ達によって掃討されつつあり、大広間の戦いも終盤を迎えていた。
あともう少しでニース達を追いかけることができるだろう。
(残るは……)
まだ姿が見えない直属部隊最後の一人……己の弟子の姿を思い浮かべる。
おそらく彼女もこの天城へ来ているはずだ。
(無事でいればいいが……)
記憶を封じた影響で心が不安定になっている彼女の身を案じている中。
大広間の扉から、突如大きな龍が姿を現した。
「この龍は……イデアル!?」
エンラが驚嘆の声を上げる。
大きな龍の背に乗っていたイデアルは仲間の姿を確認すると、召喚龍をその場へと着地させる。
「エンラ様、申し訳ありません。任務失敗、標的を取り逃がしました。ニース隊長はこちらにいらっしゃいますでしょうか。次のご指示を頂きたく存じます」
「……龍覚印は敵の手中に落ちた。白幻魔を追いかけてニースが先へ向かっておるが……」
イデアルを先に向かわせるか、それともこの場に留めておくべきかと思慮をめぐらせていた時。
「……!?」
「これは……!?」
大広間にいた全員が、城の最奥付近で強大な力の出現を感じ取った。
エンラはその深く重く暗い気配にまぎれて放出された魔力に気付き、すぐさま視線をイデアルに移す。
「……」
彼女はただ目を見開いたまま、天城の奥を見つめていた。
「エンラ様……私……行かなくてはいけません……」
「イデアル!? 待て、お主どこへ行くというのじゃ!?」
「わかりません……でも……行かなくてはいけない気がするのです……」
イデアルはエンラの制止も聞かず、再び龍の背に飛び乗り大広間を抜けて行ってしまった。
まるで何かに呼ばれているような彼女の様子に焦りがにじむ。
強い力の気配に混じって放出された魔力は、かつて彼女が慈しんだ少年のものだ。
(このままでは、あの子の心が……っ)
嫌な予感を振り払うように鍵束を引っ掴み、エンラは弟子の後を追いかけた。
絆の章【6号とイデアルⅠ】
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天城の最奥。完全なる魔導書とロミア、6号の力を使い継界へと帰還を果たしたレーヴェンの目的は、世界を破壊し、龍なき世界へと再創造することだった。
はるか昔、自身と契約した頃とは変り果てた彼の願いに、ドルヴァとセディンはどこか悲し気な眼差しを送る。
そんな龍達に、レーヴェンが口を開こうとした時。
「グ……ウァアアアアァァアァアアッ!!」
悲痛な叫びが周囲に響き渡った。
「な、何だってんだ今度は!?」
ガディウスが困惑の声を上げながら音の方へ顔を向ける。
そこには……。
「痛イ……痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ!」
悲鳴を上げ、悶え苦しむ6号の姿があった。
力を抑え込むようにして自分の腕で抱きしめているが、小さな身体から焦炎が溢れ出し無作為に周囲を熱していく。
降りかかる炎を防ぎながら、ディステルは面倒そうに眉を寄せた。
「力の暴走か……」
禁術によって半ば強制的に龍と契約した6号の力は元々不安定なもので、ラジョアの術と契約龍ヴァンドの意志が暴走を抑えていたにすぎない。
しかしラジョアの術は解除され、異空間を繋ぐ穴を維持するために大量の魔力を引き出したことでヴァンドの力も弱まり、制御不能となってしまったのだ。
その身に過ぎる力は害にしかならない。
神をも殺す業を宿すヴァンドの強大な龍力が急速に6号の身体を蝕んでいく。
「ウァ……アァ……グアァアアッ」
全身を焼き裂かれるような苦痛にのまれた6号は、轟音のような声をあげながら誰彼構わず襲い掛かった。
「大人しくしやがれっ!」
ガディウスが振り下ろされる龍腕を拳で受け止める。
以前は殴り返すことができた攻撃。しかし制御を失った今の6号は抑え込むのも難しいほどの力を有していた。
「クソッ! このままじゃ埒があかねえぞ」
『貴様は相変わらず甘いな。その者は元々敵だろう、さっさと倒してしまえばいいものを』
ガディウスの背でセディンがぼやいた台詞に、ニースが苦渋の表情を浮かべる。
確かにその言葉の通り、全力で6号を倒すのが最も現実的な対応策だ。
手にしていた銃口を6号へと向け、引き金に指をかける。
いつもならすぐさま撃ち抜いていた。
しかし彼女は6号がこうなる前の、別の名で呼ばれた頃のことを知っている。
そして己の仲間が、彼を誰より愛し大切に想っていたことを知っている。
息子とも呼べる存在を助けようとした末に心を壊してしまった仲間への気持ちが、引き金にかけた指から力を奪ってしまった。
しかし苦渋の表情を浮かべるニースの想いも知らぬまま、6号はさらに力を増しながら周囲を破壊しようとする。
「グ……アァアッ……ッ」
「……このまま暴れられては面倒だな」
ディステルの冷たい視線が6号を見据えた。
「彼の帰還が果たされた今、最早あの者は不要だ」
氷のような声色と共に、ディステルの契約龍レイゲンが襲い掛かる。
己を蝕む痛みにとらわれた6号は迫り来る龍に気付かない。
「……!? 待て!!」
ニースの制止も届かず、レイゲンが6号に牙を剥いたその瞬間。
「……させません」
痛みに苦しむ6号の瞳には、長い銀色の髪が映っていた。
絆の章【6号とイデアルⅡ】
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6号の前に現れたイデアルが防御壁を張り、レイゲンの攻撃を阻む。
周囲が動揺を見せる中、遅れてエンラが到着した。
「あの子は……やはり出会ってしもうたか」
「エンラ! これは一体どうなっているんだ……まさか、記憶の封印が解けたのか!?」
「いや……」
状況が分からずニースが狼狽する中、エンラは難しい顔のままじっと弟子を見つめる。
イデアルが生み出し、守ろうとした少年。その願いは叶わず、少年は不完全な龍契士となり彼女も心を壊した。その辛く悲しい記憶はエンラによって封じられているはずだった。
その封印が解けかかっているということなのか。
エンラが思案する中、イデアルは6号に攻撃を仕掛けたレイゲンの主へ杖の先を向ける。
「彼は我ら直属部隊の標的です。他者の介入は許されません」
「……ほう」
ディステルはわずかに考えるようなそぶりを見せた後、レイゲンを己の胸元へと戻す。
「介入を許さないというのならば、貴様がその者の後始末をするが良い」
「グア……ァ……アグァ……ッ」
「……!? これ、は……」
彼の言葉と同時に、イデアルの背後で苦痛の声が上がる。
体内から止めどなく溢れる龍の力に耐えられず暴れる6号が、目の前にいるイデアルへ龍腕を振り上げた。
「我々への攻撃意志を確認。対象を、排除……」
攻撃を避けながら杖をかざし、魔術を発動させようとする。
しかし彼女は完成前に構築していた術式を破棄し、6号の攻撃を避け続けた。
「何故……どうして私は……」
迫りくる龍腕や炎を避けながら、イデアルは困惑の表情を浮かべる。
何故彼への攻撃を躊躇っているのか、自分でもわからない。
目の前で苦しむ子どもに胸が張り裂けそうなほどの痛みを覚える。
これ以上彼を傷付けたくないという気持ちが溢れてくる。
こんな感情を、自分は知らない。
(知らない……はずなのに……)
「苦シイ……苦シイ……助ケテ……ッ」
『力が……抑えられな……すまな……アル、トゥラ……イデ……アル……』
6号の悲鳴の中に契約龍ヴァンドの声が混じる。
苦痛と悲しみに染まった言葉は、イデアルの心を大きく揺さぶった。
(昔……同じような気持ちを抱いた気がする)
心の中で、奥底に封じていた何かが音を立てる。
「私は……っ--!?」
自身の感情に気を取られていた直後。
6号の龍腕が、彼女を捕えた。
絆の章【6号とイデアルⅢ】
-
防御が間に合わず、受け身も取れないままイデアルは地面に叩きつけられる。
体中に痛みが走る中、彼女は自分を排除してもなお力のままに暴れる6号を見つめた。
苦しみから逃げ惑うように暴れ、無差別に周囲を攻撃し、破壊し、業火で焼き尽くしていく中。その中心にいた6号が、誰にも聞こえないような小さな声を発した。
「痛イ……苦シイ…………ウサン……オ……母……サン……」
何も考えられないまま、ただ彼を見つめていたイデアルの頬に一滴の涙が流れる。
どうして涙が流れているのか、何故彼を見ているだけでこんなにも胸が苦しいのか。
記憶のない彼女には何一つわからない。
「私……私……は……」
しかしただ一つだけ、彼女の心に言葉が浮かんだ時。
「アァアアアアアッ!!!!」
6号の攻撃対象が、静観していたレーヴェンへと向けられた。
いびつな翼を広げ、悲鳴と共に目の前の敵へと龍腕を振り上げる。
……しかし。
「……邪魔だ」
感情の籠らない声が発せられたのと同時に、6号はレーヴェンに指一本触れることなく弾き飛ばされた。
「ウゥ……グ……アァ……」
「龍の力に呑まれ、生けるものに牙をむく獣と化したか」
地に伏しながらも6号は再びレーヴェンを攻撃しようと龍腕を動かす。
ディステルの憐れむような言葉も耳に届いていない。
レーヴェンはゆっくりと手をかざし、彼に向けて黒雷を振り注いだ。
「ガァアアアッ!?」
禍々しい雷が6号の体を貫き、地に縫い留める。
「どうして……彼はお前達の仲間だろう!?」
「すでに帰還は果たした。彼の者はすでに不要だ。余計なことをする前に退場させるまで」
ティフォンの問いに淡々と返答し、レーヴェンは再び強力な黒雷を生み出した。
「ウゥ……」
もう苦しむだけの体力もないのか、6号は伏したまま目を閉じている。
――身体中が熱い。痛い。苦しい。悲しい。
こんな事が、前にもあったような気がした。
痛くて、辛くて、怖くて。
(ドウシテ……怖カッタ? 何デ……)
無いはずの記憶を追いかける。
『……ル……アル……また私は……お前ヲ……守レナ……』
6号の心にヴァンドの声が響いた。
守る。そう、自分も何かを守りたかった。
自分にはできないかもしれないけれど、それでも守ろうとした。大切な、何かを。
(……何、ヲ?)
「……滅べ」
わずかに残った力で身体を起こす中、レーヴェンが6号に向けて黒雷を放った。
虚ろな瞳が、己に襲い掛かる黒雷の光を映し出した瞬間。
「……今度こそ私が、貴方を守ってみせる」
6号を庇うようにして前に飛び出したイデアルの身体が、黒雷に貫かれた。
絆の章【6号とイデアルⅣ】
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カラン、カランと杖が地面に落ちる音が響く。
大きく見開かれた6号の瞳には、その場に崩れるイデアルが映っていた。
「……」
今見た光景を知っている。覚えている。
(ダッテ……ダッテ、アレハ……“僕ガ”……)
かつて自分が、大切な母を守ろうとした時と同じなのだから。
6号は力を振り絞って地を這い、イデアルに近づいていく。
歪な龍の手が彼女に触れた瞬間、ぴくりとイデアルの指が震えた。
閉じられていた瞼がわずかに開き、6号を見る。
ぽろぽろと涙を溢れさせる小さな子どもに、彼女は小さな笑みを浮かべた。
「……どう、してでしょう……私、貴方を庇っ……わか、らな……。でも……私の、心が……貴方を、守りたい……今度は……今度、こそ……」
本当に微かな声で言葉を絞り出すイデアルに、6号の大きな瞳から大粒の雫が溢れ出す。目の前で零れる涙をぬぐう力もないまま、彼女は目を細めて微笑みを浮かべる。子どもをあやすような、至上の優しさを含んで。
「……ごめ……ね……大、好きよ………………アルトゥラ」
「……オ母サン――ッ!」
ゆっくりとイデアルの瞼が落ちる中。
涙を流しながら絶叫する子どもが、動かない彼女の手をぎゅっと握りしめた。
絆の章【アルトゥラとイデアル】
-
イデアルを抱きしめた6号の泣き声が周囲に響く中。
レーヴェンは冷たい視線のまま、再び魔導書の魔力を引き出そうとした。
「私の邪魔をするならば、その者ごと排除するまで」
「させぬ! 我が弟子を傷付けた代償、その身が塵となるまで受けてもらうぞ!」
殺気に満ちたエンラが籠の錠を回し、彼女が持ち得る全ての龍を召喚する。
どれも強大な力を有するものばかりだが、レーヴェンは表情を変えないまま、魔導書を龍達の前に掲げて見せた。
「我が前に立ちはだかる存在は、全て滅ぼす」
その一言と共に魔導書が赤黒く光を帯び、エンラの龍達が一瞬にして消滅する。
「な……!?」
カシャンッとエンラが鍵束を落とし、その場に崩れる。
今見たことは現実なのか。全員が目を疑う中、多くの龍を一瞬で滅したレーヴェンは血のように赤い瞳をエンラへと向けた。
「いけない、逃げろエンラ!」
ニースが声を張り上げる。しかし目の前の存在が放つ威圧感と重圧に呑まれ、エンラは身体を動かすことができない。無意識のうちに、カクカクと身体が震える。身体中が危険信号を出すが、逃げることすらままならない。
(……妾も、ここまでか)
視線をレーヴェンから己の弟子とその子どもに向けた。
記憶を封じられた状態でも、その身を犠牲に子を守り倒れた弟子の姿を目に焼き付ける。
「エンラ……っ!!」
「……すまぬのニース。後を頼むぞ、隊長殿」
抵抗も諦めたエンラがそっと目を閉じる。
目前まで迫ったレーヴェンが彼女に向って手をかざした瞬間。
エンラの前に炎の壁が出現した。
「何……?」
「こ、れは……」
燃え盛る炎にレーヴェンが一歩後退る。
誰が自分を助けたのか。動揺したままのエンラは、背後に何者かが降り立つ気配に気付き顔を向けて……目を見張る。
「お、主は……」
自身の目に映るのは、荒々しい龍の形をした炎と大切な母を抱えた6号の姿だった。
身体から溢れ出ていた膨大な力は制御され、強大な龍力が炎となってヴァンドの形を保ち、6号とイデアルに寄り添っている。
「まさか……契約を完全なものにしたのか」
少し離れた場所から様子を見ていたディステルが驚愕する。
彼の問いに答えたのは、他の誰でもない6号自身だった。
「全部思イ出シタ。オ父サンノ事モ……オ母サンノ事モ」
意識を失ったままのイデアルの身体をエンラに託し、彼女達を守るように前へ出る。
その背は、母の後をついて行くだけの臆病だった子どもでも、全てを忘れ植え付けられた憎しみのままに動いていた化け物でもない。
「僕、弱カッタ。恐怖ニ負ケテ、全部忘テシマッタ……。デモ、今ナラ願エル。僕ハ……今度コソ、オ母サンヲ守リタイ!」
『……その願い、確かに聞き届けた』
6号の言葉に呼応し、ヴァンドが炎を滾らせた。
龍が人の願いを認め、互いの魂をつなぎ龍契士となる。
完全な契約を果たした6号……アルトゥラは、大きな龍腕を握りしめレーヴェンへと立ちはだかる。
「オ母サン、死ナセナイ。絶対ニ守ル……。皆デ、マイネ達ガ待ツ、アノ家ニ帰ル為ニ……。皆デ笑ッテ “タダイマ”ヲ、言ウ為ニ……!」
絆の章【打開策】
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燃え盛る炎の中、母イデアルを抱きながら決意の瞳でレーヴェンを見つめる6号。
すべての記憶を取り戻し、父であり契約龍となったヴァンドと正しい契約を交わした彼は龍契士本来の力を振るえるようになっていた。
「邪魔なものは全て排除するのみ」
レーヴェンの魔導書が赤黒く輝き、無数の黒炎が6号に降り注ぐ。
「オ母サン、絶対ニ傷付ケサセナイ!」
イデアルを抱えたまま大きく翼を広げて地を蹴り、黒炎の雨をかいくぐりながらレーヴェンとの距離を取った。
このまま戦っても勝ち目がなく、6号がなにより優先したのは母の命と「両親と共にマイネが待つ館に帰る」という願いだった。
その想いに呼応するようにして、ヴァンドが子へ力を送る。
しかしそれでも、無限に振る黒炎を避け続けるには限界があった。
「グッ……ッ」
だんだんと動きが鈍くなり、翼や背に被弾する。
それでも母だけは守りたいと、6号は黒炎から庇うようにして蹲り、迫り来る熱と痛みを覚悟した。
「させねぇよ!」
その攻撃をガディウスの拳が弾き返す。
「オ前ハ……」
「しっかりしろ、母ちゃん助けるんだろ」
6号を鼓舞するように笑みを向けてから、ガディウスはすぐに視線を敵に戻した。
再び魔導書を使う準備にかかっていたレーヴェンを制止するため、動ける者達が総じて攻撃を仕掛ける。
しかしそれらすべてを、イルム、ディステル、ラジョアが阻んだ。
彼等が立ちはだかる限り、レーヴェンに攻撃が届かない。
(どうする、どうすればこの状況を打開できる!?)
必死に考えを巡らせるティフォンに、ガディウスが声を張り上げる。
「心配すんな! 打開策ならもうすぐ来る!」
その言葉の意味を問う前に、周囲に爆発音が響き渡った。
「何だ……!?」
土煙の中から繰り出された光の護符が盾のように展開され、ディステルたちの攻撃を防ぐ。
全員の視線が集中する中、煙がはれたそこにいたのは――。
「……もう、貴方達の好きにはさせない」
サリアとカンナを連れたイルミナが、一冊の本を携えて佇んでいた。
絆の章【神の書Ⅰ】
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「遅刻だぜサリア!」
「悪かったわね! これでも急いで来たんだからっ!」
「遅くなりました。皆様まだご無事のようで何よりです」
ガディウスの揶揄にサリアが顔を赤くして憤慨する中、カンナが丁寧に一礼する。
どうやら彼女達がイルミナを守りながらここまで連れてきたらしい。
イルミナは久しく相対する生みの親と、その親が生み出した魔導書を見つめている。
「――で、” それ”は完成したのかよ」
ガディウスの問いかけに、彼女は手にしていた魔導書を開いてみせた。
瞬間、魔導書から発せられる気配にイルムが大きく目を見開く。
「なぜ、そんなものをお前が持っている」
イルミナの魔導書……それは、神々の力を宿した『神の書』だった。
ウィジャスから受け取り彼女が改編に成功したその本は、イルムが生み出した魔導書と遜色ない魔力を秘めている。
「アレを発動させてはいけない」
今まで抑揚のなかったイルムの言葉に初めて焦りが滲む。
イルミナがやろうとしているのは、『神の書』の力をぶつけて『完全なる魔導書』を打ち消すことだとわかったからだ。
彼女を制止しようと、敵の攻撃が全てイルミナへ向けられる。
「ガディウス、彼女がお前の言っていた打開策なんだな!?」
「そうだ! 絶対アイツの邪魔させんじゃねぇぞ!」
「承知した!」
6号とイデアルの守りをニースとエンラに任せて、ガディウスはティフォンと共にラジョアへ攻撃を集中させる。
リクウはディステルを、ズオーはイルムを相手取り、イルミナへ攻撃する隙を与えない。
そんな中、イルミナはカンナとサリアに護られながら、本に手をかざして『神の書』の力の制御に集中する。
「……っ」
彼女の額を汗が伝った。
イルムのように完全な創書の力を持たず、無理やり改編して生み出した『神の書』は魔力操作をひとつでも誤れば途端に崩れ去るほど脆い本になっている。
レーヴェンが『完全なる魔導書』の力を解放するまであとわずか。
時間がない。力だって足りない。
不完全な自分では、最後までやり遂げることはできないのか。
心の中で、焦りと不安が膨張する。
(やっぱり私では……ここまでなの)
悔しさと不甲斐なさに唇を噛みしめ、目を閉じる。
そんな彼女の小さな手に、もうひとつ。
温かな手が重なった。
「大丈夫です。イルミナちゃん」
目を見開く。
それは、彼女が一番聞きたかった、大切なともだちの手だった。
絆の章【神の書Ⅱ】
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声のした方へ、イルミナがゆっくりと瞳を向ける。
彼女の目に映ったのは、ずっと心配していたともだちの姿。
「……ロミア」
「はい、イルミナちゃん」
名前を呼べば、笑顔で返事がかえってきた。
「助けにきてくれたんですね。一生懸命、頑張ってくれたんですね。……ありがとう、イルミナちゃん」
「……っ」
ずっとずっと聞きたかった声、見たかった笑顔。
大切なともだちの無事に、涙が溢れそうになるのをぐっとこらえる。
そんなイルミナに、ロミアは微笑みながら重ねた手に力を込めた。
「私も、イルミナちゃんのお手伝いをさせてください」
「でもロミアは」
レーヴェン帰還のために強制的に力を発動させられた彼女は既にボロボロのはずだった。
それでも、ロミアは重ねた手を離そうとはしない。
「大丈夫です。私も、おともだちの力になりたいから」
その言葉と彼女の手から伝わる想いに、イルミナは今までの険しい表情を消して、ともだちだけに向ける小さな笑みを浮かべた。
「ありがとう。――いくよ、ロミア」
「はいっ」
二人の手から同時に白と黒の魔力が放出される。
同じ量、同じ力の魔力が混ざり合い収束して注ぎ込まれた魔導書は、完全な制御が可能となった。
「何故……どうしてあの失敗作がここまで」
狼狽するイルムから目を反らすことなく、イルミナは告げる。
「貴方はその本を作るために数多くのものを創造して、その全てを失敗作と打ち捨てた。けれど一度生まれたものに、失敗作と言われるものなんてひとつもない」
失敗作だと言われた自分にも、できることがあった。
いらない存在だと思っていた自分にも、こうして手を繋いで助け合えるともだちができた。
イルミナはもう、自分が“失敗作”などではないことを知っている。
「多くのものを犠牲にして生み出した貴方の魔導書を、私達の本で打ち消してみせる……っ!」
イルミナとロミア、二人の力が注ぎ込まれ、『神の書』が解放される。
大きな光は同じく力の解放を目前にしていたレーヴェンの『完全なる魔導書』を包み――術式のひとつを、確かに打ち消してみせた。
絆の章【黒の悪魔と白の悪魔】
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イルミナとロミア、二人の力で制御が可能となった『神の書』によって、レーヴェンが実行しようとしていた『完全なる魔導書』の力の解放に異変が生じる。
「……なるほど、対なる書による消失か」
己の本に起こった現象を、レーヴェンはすぐに理解した。
『完全なる魔導書』は、『魔の書』『人の書』『龍の書』の三つで構成されている。
そのうちのひとつ――悪魔の力を宿す『魔の書』を、対となる神々の力を宿す『神の書』が打ち消したのだ。
これによって、『完全なる魔導書』は『完全』ではなくなった。
「……これで、貴方達の目的である世界の再構築は難しくなりましたね」
リクウの言葉に、ディステルが悔し気に歯噛みする。
不完全になってしまった魔導書で無理やり世界の再構築を行えば、”龍の排除”という現象に耐えられず継界そのものが崩壊する恐れがある。
魔導書の理論を構築した者同士、二人はそのことをよくわかっていた。
……しかし。
「関係ない」
動揺のひとつも含まれていない声が響く。
不完全な魔導書を手にしたレーヴェンは、目的を果たすという意思が消えていなかった。
再び魔導書に魔力を送り込み、世界の再構築を実行しようとする。
「すべては――龍なき世界のために」
たとえその結果、今の継界そのものが崩壊しようとも。
「それだけはさせない!」
「勝手させてたまるかよっ!」
「魔導書が不完全になったことで、その使用にも今までよりさらに時間がかかるはずです! 今のうちに阻止を!」
リクウが声を張り上げ、レーヴェンを止めるべくティフォンとガディウスが同時に斬りかかる。
大きな力がぶつかり合う中、イルムは打ち消された『魔の書』を再創造しようとした。
完成すれば、レーヴェンの魔導書は再び完全になる。
しかしイルムの集中を、漆黒の刃がかき乱した。
創書の術が霧散していく中、イルムは忌々し気にその原因である刃の持ち主……己の対であるズオーを睨む。
「どこまでも邪魔をするというのか。我らが創造主の望みを」
ズオーはただ静かに、イルムへと刃を向ける。
「……お父様」
イルミナの隣で、ロミアが心配そうに父の姿を見つめていた。
レーヴェンのために『魔の書』を再創造しようとするイルムに、ズオーの刃が襲い掛かる。
強力な斬撃の全てを魔術で防ぎながら、イルムは苛立ちを隠せずにいた。
「何故そうまでして創造主の望みを阻む。我等は主の望みの為に生まれた存在。お前は破壊を、私は創造を。それが我らの存在意義であるというのに」
創られた存在は、創造主の意に従い望みを叶えることでこそ、その存在に意味を持つことができる。
だからこそイルムは、己に与えられた創造という役目を澱みなく行ってきた。
その他の全てを切り捨て、望まれた創造だけを最短で実行した。
それに引き換え、目の前にいる黒の悪魔はどうだ。
破壊を司るはずのズオーは道具であるはずの子どもに情を持ち、そのために創造主の意志から外れた行動をとっている。
「己の存在意義を見失った者に生きる意味などない。そもそも、何も生み出すことのできぬ破壊に、私の創造が敗北するはずもない」
イルムの魔術によって光の獣が創造され、ズオーへと一斉攻撃を仕掛ける。
しかしそれらは標的に届く前に、地面を割って現れた巨大な植物と魔獣によって阻まれた。
「ズオー様、姫様! ご無事ですか!?」
「なんとか間に合いましたかねぇー」
ハイレンによって傷を癒されたスカーレットとアーミルが、ズオーを守るようにして光獣を蹴散らしていく。
そしてズオーの元へ、立派に成長した少女が駆け寄った。
「――お父様」
ロミアの手には、スカーレットたちと共にここまでやってきたズオーのぬいぐるみがあった。
そのぬいぐるみには、ロミアを護れるようにとズオーの魂の欠片が込められている。
「私も、お父様と一緒に戦います」
ぬいぐるみから解放された魂の欠片が、ズオーの魂に吸収される。
長くロミアと共にいた欠片には、ロミアの魔力も込められていた。
「……礼を言う」
「はいっ! がんばってください、お父様!」
一人娘の頭を大きな手でひと撫でし、ズオーは地を蹴る。
イルムへと続く道は、配下二人がすでに拓いていた。
「何故……どうして。お前は、ただ破壊を振りまくだけの存在だったはずなのに」
イルムは理解できないまま魔術を放ち続ける。
それらを意に介さず疾走し、黒刀を振り上げた。
「何故、お前は、創造主の意に反してまで」
その問いに、ズオーは刃と共に答えを返す。
「己の存在意義は、己で決める」
漆黒の刃が、光の天球ごとイルムの身体を切り裂いた。
魔術の源である天球ごとズオーの刃を真正面から受けたイルムは、音もなく地に倒れた。
白い羽がヒラヒラと散らばっていく中、彼女は薄れる意識の中で言葉を発する。
「何故……私が敗北、した……?」
理解に苦しむ彼女の側に、そっとイルミナが近づく。
イルムが創造した本来の姿で。
「願いを持つ者は、強くなれるから」
イルミナはただただ静かにそう伝える。
自分がロミアと出会って、彼女を守りたいと願ったように。ズオーも願いを持った。
自身と対等に戦ったティフォンとの再戦、そしてロミアを護るという願いを。
彼女の言葉に、イルムは目を細める。
願いなど、自分には何もない。イルミナやズオーのような願いなど持っていない。
与えられた存在意義にただ従っていただけだ。それを失くしてしまったら、造られた自分には何も残らないのだから。
「やはり……お前は……お前達は……理解、でき、ない」
自分の存在意義を自ら決めるというズオーも、願いによって強くなれるというイルミナも、理解できるはずかない。
しかしそんなイルムに、イルミナは首を横に振る。
「貴方にも願いはあった。はじめから、貴方の願いはただひとつだけだった。それに、貴方は最後まで気付かなかったけれど」
その言葉で、イルムは無意識にレーヴェンへと視線を向けた。
己を生み出した創造主。与えられた「創造」という存在意義。
「けれどそれ以上に、貴方は創造主のために魔導書の完成を望んだでしょう」
全ては彼の望みを叶えるために。
イルミナが言いたいことを、イルムはやっと理解した。
「……そうか。これが、願いというものか」
最後の最後で己の願いに気付き、イルムは小さく笑みを作りながらゆっくりと目を閉じた。
「……」
何も言わずに眠りにつく彼女を見つめるイルミナ。
ロミアが彼女の隣まで歩みより、ふたりでそっと手をつなぎ合わせる。
「――おやすみなさい、おかあさん」
それはイルミナがイルムに贈った、最初で最後の"親"への言葉だった。
絆の章【絶望】
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イルムの敗北を気配で知ったレーヴェンは、ティフォンとガディウスの攻撃に対応しながら考えを巡らせた。
二人の契約龍であるセディン、ドルヴァは自身が契約していた頃とは違う力を宿している。
彼等を同時に相手取りながら、不完全となってしまった魔導書の発動を行使するのは難しい。
さらに、この場へ集まる複数の気配が感じられた。
ズオーの元に配下二人が戻ったように、足止めをしていた者達が破れ龍喚士たちが集まってきている。
(このまま時間と魔力を消耗しても無駄なだけだろう)
一度、場を整理する必要がある。
そう思い至るレーヴェンに、ガディウスの龍セディンの炎が放射される。
しかしそれを、ディステルの龍レイゲンが防ぎ切った。
リクウを振り切り、レーヴェンを庇うようにして兄弟の前に出る。
「ディステル!」
「うるさい! 私は必ず願いを叶えてみせる」
ティフォンとガディウスに向けてレイゲンを放とうとする。
そんなディステルに、レーヴェンはゆっくりと己が操る憎悪の塊「オルジュ」を動かし――。
『ギアァアアアアアアッ』
龍の悲鳴がこだまする。
オルジュの牙が、レイゲンごとディステルの胸に牙を突き立てていた。
龍の形をした”憎悪の塊”であるオルジュが、味方であるはずのディステルの胸ごとレイゲンに咬みつき、砕く。
その瞬間、レイゲンが今までその能力で吸い尽くしていた力の全てがレーヴェンの中に吸収された。
「ディステル!」
青ざめたままリクウが走り寄り、倒れたディステルを受け止める。
「……どう、して」
困惑と動揺がないまぜになった目でレーヴェンを見上げる。
しかし、羨望と憧憬を抱き続けてきたはずの彼は、ひどく冷えた瞳でディステルを見ようともしない。
「用は済んだ」
氷のように冷たい言葉がディステルの心を一突きにする。
そんな彼の前に、ケラケラと嘲笑を浮かべたダンタリオンが姿を現した。
「ああ、ようやくですねえ。クスクスクス。ずぅっと貴方のそのお顔が見たかったんですよ。これで貴方の仮面も完成します」
楽しそうな笑い声に、ディステルは何も言葉を発さない。
気にも留めずに、ダンタリオンは話を続けていく。
「結局、貴方は自分の本当の願いに最後まで気付きませんでしたねぇ。あの人間をこの世界に戻すだとか、彼の意志を全うさせるだとか、そんなもの貴方の願いの経過でしかないというのに」
「……経過……だと……」
「ええそうですよ。だって貴方の本当の願いは彼の帰還によって――“あの頃”を取り戻すことだったのですから」
その言葉に、ディステルではなく側にいたリクウが瞠目する。
あの頃。
レーヴェンと、プラリネと、ディステルとリクウの四人で旅をして、共に理想を求めた遥か昔の思い出。
そこにもう一度戻ることが、ディステルが本当に望んでいた願いだったというのか。
「その願いにも気付かないで、まるで道化のように動く貴方を見ているのは大変滑稽でした。貴方が願いを自覚して、そんなもの叶うはずのない空想妄想だと知る瞬間を今か今かと楽しみにしていたのですよ。そうして今、こうやって絶望する様が見られた。ああ、とても満足ですよ。クスクスクスクス」
「黙りなさい! これ以上彼を侮辱するのは許さない!」
ダンタリオンの嘲笑にリクウが激昂する中、ディステルは今にも閉じてしまいそうな瞼を堪えながら震える手を動かした。
「……もう一度……私は……」
レーヴェンへと伸ばす。
しかし、彼はその手を取らない。
絶望と悲しみのまま、ディステルはゆっくりと目を閉じた。
伸ばしたままの手を、世界で一番大嫌いな友が握りしめたことも知らないまま。
絆の章【想起】
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傷つき倒れるディステルと、必死に名を叫びながら彼の手を握りしめるリクウ。
かつてともに旅をした仲間たちの絶望に染まった表情を前にしても、レーヴェンは表情ひとつ変えることなく、己の手で引き起こした現実だけを直視する。
『……本当に、これでいいのですか』
耳元で、懐かしい声が囁いた気がした。
(……リーベ)
かつて龍王たちへの憎しみを唯一癒してくれた、優しい女性の姿が脳裏に浮かぶ。
人と話すのが好きでいつもあたたかい笑顔をみせてくれた彼女は、巫女として龍に縛られ自由のない身であっても全てを受け入れ、いつも未来を見つめていた。
龍に自由を奪われながらも龍を恨むことも憎むこともなかった。
ただ叶うなら、いつか外の世界を見てみたいですねと笑っていた。
純真で温かな……光のような人間だった。
けれどそんな彼女も、もう己の側にはいない。
聞こえた気がした声も、きっと己の幻聴にすぎない。
(……こうすると決めたのは私だ)
たとえ多くの命を犠牲にしても。かつての仲間を傷つけても。
……彼女が残した、己の息子と呼べる存在が立ちはだかったとしても。
レーヴェンは決して歩みを止めない。
すべては龍なき世界のために。
……彼女のような優しい者が、自由に生きられたはずの世界を作るために。
※パズドラクロス・TVアニメーション等の設定とは異なります。